市辺押磐皇子御陵

いちのべおしはのみこのみささぎ

更新日
2015/07/06

    近江鉄道市辺駅の南東約1.2kmのところにあります。円墳が2基あり、東方のものが皇子の墓で周囲約50mという大きさです。西方にあるのは、皇子の従人であった悵内佐伯部売輪(とねりさえきべのうるわ)の墓と伝えられています。これは周囲約25mです。
     5世紀の中頃、安康(あんこう)天皇が皇子である市辺皇子に皇位を譲ろうとしましたが、従兄弟の大泊瀬皇子(おおはつせのみこ)(のちの雄略(ゆうりゃく)天皇)が自ら皇位につこうとして、この地の狩りに皇子を誘い出したといいます。そして大泊瀬皇子は、猪と見間違ったふりをして皇子を射殺してしまったといわれます。
     皇位継承のために肉親の従兄弟同志が殺し合うというこの事件は、「古事記」や「日本書紀」にも残っています。また、集落名の市辺もこの墓に由来するといわれています。

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