日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

ひのまちかどかんのうかん(きゅうしょうのやくてん)

江戸時代日野椀に代わって行商の有力商品となり、日野商人を発展に導くものに合薬がありました。その創始者が正野法眼玄三です。
玄三は18才の時日野椀や茶・布を持ち行商に出ましたが母の病気で帰郷、当時京都の名医の診療で母の病気をなおすことができたことから医師を志し、医師になった後は医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の長旅の道中薬として感応丸を作りました。
 この合薬を日野商人が全国に持ち歩くうち効き目が評判となり、地元日野で薬を製造する人も増え、現在も地場産業として息づいています。
 今もなお「万病感應丸」の大きな看板が掲げられている旧正野薬店内には、薬業の資料展示、喫茶コーナー・観光協会事務所があります。平成30年には薬の包装場を活用した「ギャラリーつつむ」が、また日野米をはじめ日野の食材を使用した「にぎり飯・惣菜 みかく」がオープン。日野町の観光案内や町並みの散策のご休憩などお気軽ご利用ください。

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