近江の城50選

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太閤、天下取りの城

秀吉が近江で活躍した時はまだ木下、羽柴姓であったが、太閤への基盤は近江でつくられた。賤ヶ岳の合戦の際に築城された城郭群も含む。

38水口岡山城(みなくちおかやまじょう)

京への街道の防備、そして甲賀、蒲生の支配を目的として秀吉の命により築城された。

39長浜城(ながはまじょう)

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40玄蕃尾城(げんばおじょう)

賤ヶ岳の合戦における柴田軍の本陣。土塁と堀により複雑に構成された大規模な縄張りが残る。

41 八幡山城(はちまんやまじょう)

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42田上山砦(たがみやまとりで)

賤ヶ岳の合戦に際して、実質上の羽柴軍の本陣が置かれた。羽柴軍の高度な築城技術が見られる。

43東野山城(とうのやまじょう)

賤ヶ岳の合戦における羽柴軍の最前線砦。西に位置する堂木山砦と連動して北国街道を封鎖した。

44 大津城(おおつじょう)

秀吉が、大津城を築城した。ほとんど痕跡が残っていないが、昭和55年(1980)に城郭の石垣と思われる遺構が発掘された。
京極高次は城主の時、浅井三姉妹の次女初を妻にし、東西両軍のプレッシャーを受けた。

   
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