モデルコース

歴史とふれあう 磨崖仏を訪ねる

日程
1日
エリア
大津・甲賀・湖南

近江の磨崖仏を探訪する

1
名神大津IC
15km
  • 30分

鹿跳(ししとび)橋から信楽川に沿って2kmほど進んだところにあります。正式には阿弥陀三尊不動明王磨崖仏といい、鎌倉時代の作です。
 高さ20mもある岩壁に阿弥陀如来を中心に、左右に観音(かんのん)・勢至(せし)の両菩薩が刻まれています。本尊である中央の阿弥陀如来像は、耳から鉱水が湧き流れていて淡紅色(たんこうしょく)となっています。このことから俗に「耳だれ不動」と呼ばれており、耳の病気に効験があるとして親しまれています。

15km
  • 23分

仙禅寺は県境をへだてて南西約5㎞に位置する鷺峰山金胎寺の別院で養老6年(722)開基と伝えられている。中世の戦乱ですっかり諸堂を焼失しましたが、奥の院跡の岸壁に三尊形式の磨崖仏が残っています。中尊は薬師如来坐像で像高1.5m。

22km
  • 30分
  • 徒歩60分

金勝山中の大津市との境界に近いところに、狛坂寺跡と向かい合うかたちで、大きな花崗岩の磨崖面に、高肉に三尊仏を刻みだしています。高さ約6m、幅3.6mの壁面に高さ3メートル、顔幅70cmの阿弥陀如来坐像を中尊として、観音・勢至の両脇侍を刻み、その周囲に12体の仏像が半肉彫りされています。
 中央にある阿弥陀如来は、格狭間を表す須弥壇(しゅみだん)の中央に宣字座に坐して、両脇侍の観音・勢至は蓮華座上に立っています。阿弥陀如来像は、螺紙(らほつ)を刻まず、右肩を露出した納衣(のうえ)をまとい、衣端を懸裳風に垂らして、右足を外にして両足を交叉させて坐し、印相は転法輪印に近いが判然とせず、両脇侍に標識が認められず尊名は確認できません。
 脇侍は、左右に大きく張った髻を結び、顔や腰を中尊側にひねって、統一的な三尊像を構成しています。

製作年代は明らかではありませんが、このすぐ下に弘仁7年(816)頃、金勝寺の奥の院として、金勝寺を建立した願安によって創建された狛坂寺の跡があり、寺の全盛期の平安から鎌倉時代に彫られたのではないかと言う説がありますが、奈良時代後期と言う説もあり、はっきり...

25km
  • 徒歩80分
  • 35分
  • 徒歩15分

花園の集落から岩根山へ登る中腹に巨大な絶壁に浮き彫りされています。像高4.3mの像は渓谷を隔てた道からでもその巨大さを感じさせ、圧巻です。高さ6.2mの岩に彫られています。
ひじ幅2.1m 顔幅0.8mという。
通称車谷不動尊、花園不動と呼ばれています。

13km
  • 10分
  • 徒歩20分

JR野洲(やす)駅の南東約1.3kmにある小磨崖仏群(しょうまがいぶつぐん)。野洲中学校の裏道から林道を入った静寂な地に、ひっそりと横たわっています。
 磨崖仏は、大きな岩に高さ約45cmの地蔵菩薩立像13体が平肉彫りされています。また、近くの大きな岩には、阿弥陀如来像2体と観音立像1体が彫り出されています。どちらも室町時代初期の作とされ、小さいながらまるで木に彫ったように細かく繊細な造りです。
 この辺り一帯は古代から信仰の中心地で、この石仏からも庶民信仰がうかがえるようです。

6km
  • 8分
7
名神栗東IC