モデルコース

秀吉ゆかりの城下町 長浜を歩く

日程
1日
エリア
湖北

長浜観光まちあるきコース

1
JR長浜駅
0.5km
  • 徒歩8分

戦国時代末期に豊臣秀吉が城主として過ごした長浜城は、江戸時代前期に廃城になり、遺構は彦根城や大通寺に移築されました。その跡には、僅かな石垣と井戸だけが残されていましたが、昭和58年(1983)に安土桃山時代の城郭を模して「昭和新城」を復元されました。内部は歴史博物館として公開されています。
 展示室は2階と3階に分かれており、期間ごとに特別展や企画展が開催されています。2階では、さまざまなテーマに沿って湖北・長浜ゆかりの資料が展示されています。3階では、「秀吉と長浜」をメインテーマに秀吉の他、浅井長政、石田三成といった長浜と関わりの深い人物達の足跡や人物像を紹介した常設展示を行っています。湖北を一望する5階の展望台では、ナレーションや効果音によって、戦国時代における長浜の重要性を実感することができます。

0.5km
  • 徒歩8分

長浜市では、まちの迎賓館として建造された『慶雲館』を、新たな観光施設として整備し、平成16年7月より一般公開します。
 早春には「長浜盆梅展」の会場として多くの観光客で賑わうこの建物は、明治時代、長浜の豪商・浅見又蔵氏が、明治天皇行幸に合わせ、私財を投じて建設した長浜の迎賓館です。『慶雲館』という名称は、その荘厳美麗な姿から、時の内閣総理大臣・伊藤博文が命名しました。
 また、二代目又蔵氏は、明治天皇行幸25周年を記念して、広大な庭園を造営しました。作庭は、近代日本庭園の先覚者と呼ばれ、平安神宮神苑など多くの造園を手がけた、七代目小川治兵衛。その豪壮な意匠は、見る人を圧倒する迫力があり、純和風の建物と絶妙な調和を醸し出しています。
この他、約六千平米の広大な敷地内には、高さ5mを超える巨大な大灯篭や、日本一大きな芭蕉の句碑、慶雲館本館と同時期に建設された茶室など、多くの見どころが凝縮されています。
 一歩足を踏み入れると、そこは明治の歴史文化と気品が漂う別空間。長浜へお越しの際は、ぜひ慶雲館へお立ち寄りください。

  • 徒歩すぐ

長浜鉄道スクエアは、「旧長浜駅舎」、「長浜鉄道文化館」、「北陸線電化記念館」の3施設からなる鉄道資料館です。

<旧長浜駅舎>
 1882年(明治15年)に北陸線の始発駅として建設された初代の長浜駅。現存する駅舎としては日本最古のもので、第1回の鉄道記念物に指定されています。施設内は、駅長室や待合室など、当時の面影をそのまま残しています。また、敷地内には、旧北陸本線のトンネルに掲げられていた扁額(石額)や旧長浜駅29号分岐器ポイント部などの明治の鉄道遺産も展示しています。

<長浜鉄道文化館>
 2000年(平成12年)10月14日の「鉄道の日」に、旧長浜駅舎に隣接して開館。長浜の鉄道史を紹介するほか、琵琶湖水運に関する資料、北陸線を走った鉄道の模型車両などを展示しています。

<北陸線電化記念館>
 北陸線で活躍した歴史的車両「ED70形1号機交流電気機関車」と「D51形793号機蒸気機関車」を展示しています。また、交流電化と直流電化の違い、全国の交流電車などについてパネルなどでわかりやすく展示しています。

0.5km
  • 徒歩6分

安藤家は、室町時代からこの長浜に移り住んだ旧家で、賤ヶ岳合戦(1583年)では秀吉に協力しました。秀吉は町衆の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はそ の十人衆として町衆文化の一翼を担い、江戸期には十人衆の中から選ばれる三年寄の一家として、長浜町の発展に力を尽くし活躍しました。

明治以降の安藤家は、近江商人との婚姻関係から自らも商人となり、呉服問屋として事業を展開。東北地方を商圏に産物の交流につとめ、その後福島県を拠点とする百貨店・中合を開業しました。

現在の建物は明治38年から大正4年にかけて建てられたもので、虫籠窓、紅殻格子などが施されたしつらいは、長浜を代表する近代和風建築となっています。

また、当家は北大路魯山人が手掛けた装飾美でも知られており、安藤家創業の呉服商で使われた九尺の一枚板に彫られた篆刻看板、安藤家離れの「小蘭亭」に残る天井絵・篆刻 額・篆刻扉・襖・障子・地袋なども彼の手によるもので、今も残る作品群を通じて魯山人の大胆かつ精緻な芸術性に触れていただくことができます。

安藤家のもう一つの見どころが、庭園です。「古翠園」と名付けら...

  • 徒歩すぐ

北国街道と、長浜城から東に延びる大手門通り(美濃谷汲街道)との交差点は、江戸時代に高札が立ち、現在でも「札の辻」と呼ばれています。古くから長浜の中心だったこの辻に、明治33年(1900)第百三十国立銀行長浜支店(6年後に明治銀行となる)が建てられ、壁が黒塗りだったことから「黒壁銀行」の愛称で親しまれました。
 和洋折衷の重厚な建物は、その後さまざまな変遷を遂げ、平成元年(1989)、「黒壁一號館・黒壁ガラス館」としてオープンしました。低い鉄柵で囲まれた黒漆喰に白い窓枠のモダンな外観、内部は玄関上部が吹抜けになっています。1階はガラス製のアクセサリーや生活用品など、2階では、世界中からスタッフが直接買い付けたガラス製品を展示販売しています。この一號館を取り囲むように、約30店が軒を連ね、二號館 スタジオクロカベはオリジナルガラスを集めた工房併設型のショップであり、ガラス職人による制作の実演をご覧いただけます。また、黒壁体験教室では、7種類の体験メニューをご用意。初心者の方でも気軽にガラス制作の体験をしていただけます。

【体験教室】
◇吹きガラス
◇ステンドグラス
◇サン...

  • 徒歩すぐ

長浜曳山まつりの歴史・文化が分かる博物館。金工彫刻や、木彫り、漆塗など日本の伝統工芸の粋を集めた曳山まつりは、「動く美術館」と呼ばれるほど豪華絢爛です。館内には、曳山と呼ばれる舞台村の山車を常時4基ずつ展示します。最新技術を駆使した迫力あるスクリーンでは、華やかで迫力ある映像が映し出され、臨場感あふれる祭の雰囲気が堪能できます。曳山の修理ドッグ、パソコンで全国のお祭りや長浜の見所情報が得られるライブラリー。喫茶レストランも併設しています。

★現在開催中の『長浜・戦国大河ふるさと博』のながはま会場として戦国とゆかりのある演目等を展示しています。
向かいの建物は「戦国大河ながはま館」になっておりまうすので、合わせてお越しください。

0.3km
  • 徒歩3分

真宗大谷派(東本願寺)の別院。正式には無礙智山(むげちざん)大通寺といいますが、一般に「長浜御坊」の名で呼ばれています。本願寺12世の教如上人が、湖北門徒に仏法を説き広めるための道場を、旧長浜城内に開いたのが始まりで、そのころは、長浜御堂と呼ばれていました。安土桃山時代末期、京都に東本願寺が建立され、御堂を大通寺とし、その4年後に現在地に移築しました。伏見桃山城の遺構と伝わる本堂や大広間、長浜城の追手門を移築した脇門(薬医門)など、建造物の多くが、国あるいは市の重要文化財です。県指定の文化財としては、南北朝時代の銘を刻んだ梵鐘があります。客室(含山軒、蘭亭)内部の障壁は、狩野山楽・山雪、円山応挙によって描かれており、その庭園は国の名勝に指定されています。
 含山軒庭園は、伊吹山を借景として鑑賞式枯山水。含山の名はこれに由来しています。前方に盛砂を敷き、中ほどに亀島を配して、伊吹山から枯滝に水が注いで見えるよう設計されています。
 蘭亭庭園は、小さい池に反(そり)橋がかかる鑑賞式池泉庭園で、松や木犀の老樹を多く用いた優雅な名園です。
<重文>本堂 大広間 含山軒及び蘭亭
<名勝...

0.8km
  • 徒歩15分
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